2018年11月12日

些細なこと。


◾️荻窪にある某レコ屋、週2は覗くようにしている。
今週は200円コーナーで見つけた八神純子と、ユーミンの『ALBUM』(1977)を購入。
見つけた時「おっ!」と声を出してしまった。本人が「自分のキャリアの中で汚点」と言っているのを何かで目にして、これは欲しい...と探していたが中々出会えなかったので嬉しい。しかも安かった。荒井由実時代と松任谷由実時代のシングル盤のベスト的なものなのですが、全くやる気のないジャケが今手にするとダサすぎて潔く、いい。はなから売る気のない使用というか。多分、本人は本当に出したくなかったのだろうという思いがひしひしと伝わってくる。
しかし、曲に罪はない。『遠い旅路』『潮風にちぎれて』はとてもいい。80年代に入ってブイブイいわせる前のユーミンの曲がとかく好きなのですが(地味で渋い曲が多いから)この、少し淀みを感じ、(自分が何をうたうべきか作ろうとしているのか)考え模索しながら作っているように感じて好きです。ここを経てブイブイいわせた曲達に繋がるのかと思うと余計に。ラフに聴こえて実は凄く凝っているって、簡単なようで難しい。


◾️先週末、大阪でライブがあり、移動中にラジオをずっと聴いていた。
某番組のゲストに矢野顕子が出演していて話の中で「たかが歌詞じゃな〜い?別に、私はね、(他の人にうたってもらうとき、その人が歌いにくいのなら)歌詞を書き換えてもらってもぜ〜んぜん平気」と言っていて少しだけ驚いた。例えば歌詞の中の接続詞を変える("だけど" を "だけども" とか)くらいならうたう人の拍のとりかたや、うたいまわしによるところもあるだろうしまぁわからんでもないとおもったが、矢野さんの言ってるのはそういう部分ではなく本当に「歌詞を変えていい」というようなニュアンスで話していたので驚いた。例えば「ごはんができたよって母さんの〜」を「お餅をついたよって母さんの〜」になると、意味、全然変わるんじゃないか...と思ったが、そんなことで大きく意味が変わるようなヤワな歌詞を書いていないってことにも後で気づいた。たかが歌詞と言いながら、自分の作品に対する強固な自信を感じました。二、三日遅れて唸る。


◾️「歩いていて、異様に靴紐が解ける日」というのがある。
私の歩き方がいつもと違うのか、紐の摩擦なのか知らないが、一見「意味のないこと」にも意味があるように思えてしまうことがある。
実際、意味などない。ただ、靴紐が解けやすいという事実だけがあり、解けないように結べばいいだけのことなのだが、意味を持たせようとするといくつか心当たりが出てくるから不思議だ。今向かっている場所や待っている人と会うことにあまり気乗りがしない時によくあるな...など。そうすると靴紐の「解け」によって、立ち止まる時に「もう一度よく考えたまえ」と何かが私に言っているのではないか...などと大袈裟でドラマチックな考えに行き着こうとするのを自ら拒んだあと、ふと思うのは靴紐が解けやすいという事象に、自分の「心構え」を見て取れることもあるのだということだったりする。疑問を持つこともしない毎日の習慣や所作の中に、心の軋みは真っ先にでてくるものなのだろうと思っている。普段の自分の無意識の行動から、わたしが気づいていないことを教えてもらうことがある。
posted by 見汐麻衣 at 20:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月28日

寿司酩酊雑記


酔っています。

今夜の東高円寺のU.F.O CLUB、頭士奈生樹 with 渚にてのライブへ行きました。
13年ぶりのアルバム「W」発売記念ライブ。

今月、個人的に反省すべきことが色々あり、「あぁ、もう全部やめてしまいたい」なんてことを真面目に、真剣に考えたり、しかし
現実には矛盾の多い自分の行動が常、まぁ何が言いたいのかというと「ツライです...」ということですが、そんなことは他人の知ったこっちゃない。自業自得。

今夜のライブがとても素晴らしく、あまりに素晴らしく、素晴らしいしか言ってませんね。
......行ってよかった。具体的なことを書きたいのですが、酔っているのですいません...。でも、何か書き留めておきたかったのです。

また改めて書こうと思います。
明日の下北沢leteのソロワンマンは、今できること正直にやろうと思います。お待ちしております。
乱文御免。



posted by 見汐麻衣 at 01:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月16日

ニュース。


◾️明日、10/17(水)『ひきがたり5~Sing With A Piano~』が発売になります!
2009年から自主製作(CD-R)で始めた『ひきがたり』シリーズ。
今回は正式プレスでのリリースになります。

始まりは『バンド(当時活動していた埋火)では収録できなかった曲を含めて作品を作る』というのがきっかけだった「ひきがたり」シリーズ。
2009年「ひきがたり1」2010年「2」2013年、牧野琢磨(NRQ/湯浅湾)に作曲/ギターを依頼した楽曲も含む「3」2016年に発売した「ひきがたり4」からギターでの弾き語りではなく、ピアノに野田薫を迎え歌とピアノの形態で発売しました。(1〜3は完売です。4は若干在庫あり)


『歌をうたう』ということを改めて考えるきっかけになった高円寺円盤での定例企画「うたう見汐麻衣」(隔月最終木曜日開催)を2017年から始めたのですが、この企画で色々な歌、歌手の作品に触れながら〈歌をうたう〉という事の楽しさや難しさを改めて感じる中で「ひきがたり5」を作りました。埋火〜MANNERS〜そして見汐麻衣名義でのソロ作品の系譜とは異なり、シンプルに「歌」に焦点を当てた作品になっております。
この作品で初めて興味を持って頂ける方にも、以前からの作品を知ってくれている皆様にも、手にとって頂きたい一枚となりました。

201809見汐ひきがたり5_ジャケ.jpg

















見汐麻衣/ひきがたり5 〜Sing With A Piano〜
M-001 2018年10月17日発売 定価¥1,500(税込)
JASRAC R-1881094

【TRACK LIST】
1.エンドロール
2.その夜
3.街の灯り
4.やさしいひと
5.君をのせて
6.1979
7.だから私と

M-3 作詞:阿久悠/作曲:浜圭介 M-4 作曲:牧野琢磨(NRQ) M-5 作詞:岩谷時子/作曲:宮川泰 他全て作詞/曲:見汐麻衣

歌:見汐麻衣 ピアノ:野田薫 
ピアノ編曲:野田薫・見汐麻衣 (M-3除く)
録音/ミックス/マスタリング 林谷英昭
デザイン 山崎なし 
写真 見汐麻衣

今回、リリースするにあたり、自身のレーベルMISHIO Recordsを作りました。

ミシオレコードロゴ01.jpg

















初回ご購入頂いた皆様にこのステッカー付いてきます。どうぞお見知り置きを...。
ご購入頂ける店舗(通信販売もあり)は下記のサイトからご確認ください!

取り扱い店舗一覧



【ひきがたり5~Sing With A Piano~】に寄せて。コメントを頂きました。

関係ない話から始めます。
米軍基地のある街で育った。そこには昔、外人バー街という、米軍兵相手にバーABCみたいな適当な名前の小さなバーがぎゅうぎゅうとひしめき合って立ってる汚い路地があった。(今もあるみたいだけど随分綺麗になってる。)もちろん子供の頃の話だから夜にそこに行ったことはない。でも朝、たまに前を通った時に見る、路地の奥から射す陽の光を見るのは好きだった。高いフェンスの向こうの広い芝生の中にある米軍宿舎や、基地の中で食べたとんでもなく美味かったホットドッグよりもアメリカだった。そこの汚い路地の空気に、混じり合った二つの国や酒の匂いに紛れた多くの出会いや別れの残り香みたいなものを子供心に感じ取っていたのかもしれない。路地のこっち側には買い物かごを下げたおばさんがいるようなごく普通の日本の日常も見える。アメリカも日本もごちゃごちゃのまま溶け合うこともない場所に射す陽の光が好きだったのかもしれない。

見汐の歌はそういう出会いや別れの複雑な感情と、二つの国の夜の時間がなんの解決も結論もないまま普通の生活と同居してる、そんな場所に射す光みたいなものだ。何かを解決することで抜け落ちてしまういろんなものに射す光だ。
陰も伴う陽の光のような歌。あの外人バー街の路地の景色を想い出してしまった。

石橋正二郎(F.M.N. Sound Factory )




歌と向き合ってきた経験を成果として提示したいという自信のあらわれであろう自主レーベルの立ち上げであったり、シリーズ初の正規プレスでの販売だったりするでしょうし、それを裏付ける研究や修行があったことと思います。
ですが、この、コブシにもウィスパーにも逃げない丁寧なノンヴィブラート歌唱には押し付けがましさはなくて、レコ屋の100円コーナーで気まぐれにつまんだ、忘れられたかつての中堅女優がなんの因果か一枚吹き込んだ謎のライヴ盤がこんなだったら最高だよなあ、というような陳腐な妄想も引き受ける度量があります。選び抜かれたカヴァー曲も素晴らしいですが、それらと自作曲を聴き比べることで「やっぱり見汐麻衣の歌は見汐麻衣の曲で活きるなあ!」という当たり前の(そして大事な)ことに思い至らせるシンガー・ソングライターとしての強みも実感できました。

工藤大(レコード・コレクターズ編集部)





優しい歌声と静寂に、あの喧噪や逡巡やもうここにはいない人たちの横顔がいつのまにか思い出になっていたことに気づく。

九龍ジョー(ライター)





見汐さんはギターで弾き語る人だと思っていたので、全編ピアノと声と知ってちょっと驚いた。ピアノは図体の大きい楽器で残響も長く深い。その残響に、見汐さんは居心地のいい蒲団みたいに乗っかっていたかと思うと、歌声をさっと切り上げる。まるでハーフペダルを踏んだみたいに、見汐さんの声があるピアノと見汐さんの声が途絶えたピアノが分かたれる。そして野田薫のピアノ自体もまた、残された残響を思いがけないところですいと切断する。スリリングなやりとり。それにしても、堺正章の「街の灯り」が、まさかこんな声とピアノの明滅になるなんて。   

細馬宏通




昨日(10/15)発売の『レコードコレクターズ11月号』現役アーティストの音楽生活を柴崎祐二氏がインタビューする連載''MUSIC GOES ON"〜最新音楽生活考〜2回目のゲストとしてインタビュー記事が掲載されております。
レココレは20年以上、定期購読している唯一の音楽雑誌で、まさか自分がレココレに載ることなど一生ないと思っていたので、本当に嬉しいです。巻頭カラー6ページ。イラスト 我喜屋位瑳務氏、写真撮影 栗原論氏。

レココレ.jpg


















長くなりましたが、どちらも手にとって欲しい!です。

















posted by 見汐麻衣 at 19:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月16日

日々失格。


この頃の自分に対し出てきた言葉です。
しっかり実り垂れる稲穂に比べ、ただ項垂れている姿勢がもう。



友人、知人の新譜リリースが続いていて、日中聴いている。その中の一枚をじっくり聴いた後本人に感想を送った。
数年会っていないし、時々メールの往来がある程度でおこがましい言い方になってしまうが彼の言動、作品には共感するものがある。4年前、酒場で話したとき「見汐さんには他の人にはない詩情があるのだから、それをもっと前面に出した作品を作るべきだ」と言われ、当時の私はそこから離れたい一心で次回作をどうするか模索している時だった。「そんなもの、今誰が聴くのか。もうそれは無理だ諦めている。今の時代に歌を”うた”として聴いている人なんかいないよ」と言ったら彼はとても、本気で怒っていた。
本気で怒っている彼に「私は、自分の在り方として全てから遅れて居ることが重要だと思っている。意識してでもそうするべきだと思ってそうしているからこそ、今(歌を)本気で聴く人なんかいないのだと痛感する。ものごとの後ろ姿をじっくり見ようとすることが自分には合っている」と言ったら「それは、諦めじゃないでしょ。もののみかた角度の違いなだけで俺も見汐さんも今がいちばんいいって思ってるのにうたう人間が誰が聴くのかなんて言ってんじゃないよ。何から逃げてるの?」と言われたのだが、彼は多分憶えてないだろう。
同じ言葉でも響き方も伝わり方も、もっと言えばその言葉の意味さえも変わる程、誰がそれを言うか がとても重要で、「今の時代がいちばんいいよ」なんて言葉は、今、彼にしか歌えないなと思いながら聴いている。

わたしは なに から逃げているのか。
posted by 見汐麻衣 at 15:17| Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする