2020年06月21日

2020年6月21日(日)「ねの人」

横になってテレビをつけて音だけを聴いていると、話している人の声だけに集中する。
ラジオだと「声を使う。話す」と言う意識がディスクジョッキーの方にもあるわけで、「聴かせるための声」なのだけれど、テレビだと「視覚もあっての話し声」なので、演者もコメンテーターの方も声、と言うか話し方がフランクなんだなと気付く。芸人さんは面が見えても見えなくてもあまり変わらない。
横になり、天井を仰いでいると
「だからそノォ、ね、フリンがダメとかぁ、ね、言いますけれどもぉ、ね、まぁ、ね、元々がぁ、ね...」
ある男性のコメンテーターの方の「ね」が気になって気になって仕方がない。数えてしまった。数秒の会話に28個も出てきた。
「そうですね、つまりそれは....つまり....でですね、つまり...」別の人は「つまり」が多い。
後は「ですから」「スゥ(息を吸う音)」「だけど」まぁ、多い。接続詞に癖が出るんだなぁと思い、私は「でも」をよく使うなぁと気付いた。気をつけよう。

装いすぎだなぁ、自信なさそうだなぁ、疲れてるなぁ、適当だなぁ、怒っているっぽいけど言ってることは普通だなぁ、優しいけど辛辣ねぇ、内容何にもない、テンションだけのコメントだなぁ...、早口過ぎてもちゃんと聞こえるなぁ、おや、この人も同じ早口なのに何も入ってこないなぁ、なんて思いながら聴いています。声や話し方は嘘をつかないですね。怖いな、テレビって。観るものだと思って視覚と聴覚使っているから普段気にしないことも、ひとつ減らしてみると全く違うものが見えてくるものねと思い、国会中継や小池さんの会見は声だけ聞くようになりました。絵図らはいらん。
後、最近気になったのはマツコ・デラックスの話し声か。
posted by 見汐麻衣 at 22:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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