2020年05月13日

2020年5月13日(水)「なにも知らない」


このひと月、自分に課している事がある。
人様の目に触れるか触れないかは別として、一日少なくても4000字は書くという事をやっている。
「寿司日記」や「寿司日乗」とは似て非なるもので、「書く」という事の楽しさの先にあるものに興味が湧いているのが理由のひとつ。
家から出ない事が然程苦痛ではない性分にもあっている。

毎日、何かしら書いている中で初めてギターを手にした日の事を思い出した。
13歳の春休み。伯父にお願いしてなんとなく弾けるギターを、しっかり弾けるようになりたいと思い習うことにした。モーリスのギターを手にした途端「それでは教えづらい」と言われた。私は左利きなので、ギターを自然に構えるとネックが右にくる。ギターにはコードというものがあって、それをひとつひとつ教えてもらう際に説明しづらいと言われたのだ。今思えば何故あの時そのまま憶えなかったのかと思うけれど、私はギターのネックを左に構える事に違和感を無くす事から始まった。簡単なコードなら弾けたものの、コードを左指で押さえる感覚にずっと慣れなかった。左向きにギターを構える練習から始まり、次第にコードも弾けるようになってくると、Fというコードの壁に突き当たる。人差し指で綺麗に指板を押さえられないのだ。何度やっても音が綺麗に鳴らない。もどかしさと苛立ちで煮詰まってくる。「フレット寄りに人差し指を当てて見るといいかも」と教えらてもなかなか弾けない。そして一度そこで挫折をした。「もういい。Fとか弾けなくてもギターが弾ければいい」Fを使わない曲を憶えては弾いていた。それでもとても楽しい。自分でうたいながらギターを弾く楽しさを知っていくと色んな欲が出てくる。知らないコードに挑戦したい、違う押さえ方を憶えたい、フィンガーピッキング以外の弾き方で弾きたい。ギターソロを弾いてみたい。やっぱり、Fも押さえたい。好きなレコードを聴いては耳コピをしながら、タブ譜なるものを購入し練習したりもする。次第にギターという楽器の事が「わかる」ようになってくる。これは頭で「わかる」のではなく身体、指先が憶えていく感覚が自分のものになるというような「わかる」で、この瞬間、静かに興奮し喜びが湧いてくる。
「わかる」という事はやりたい事ややりたかった事に自由を与えてくれるものだと思った。「知りたい」という気持ちは好奇心、心の動きだが、「わかる」というのは身体を必要とするのだ。どちらが欠けてもよくない。そしてこの二つがしっかり握手できる事で自分の考え方ややりたい事の制限を無くしていく事なんだと、またここで「わかる」のだが、これは後に「わかった気になる」自分を知ることになる。これは人に依るところが大きい。

ある日。歌本に載っている曲をなんとなしに弾きながらうたっていた。コードと歌詞を目で追いながらギターを弾いているといつの間にか一曲弾けるようになっていた。そして無意識にFのコードが弾けていた事に気づいた。執拗に弾こう弾こうとしていた時は全く弾けなかったのに、曲全体を通して弾くことでいつの間にか弾けるようになっていたのだ。Fが弾けた事は私にとって一大事だった。この時期辺りから曲を作ってみようと思い作曲という事を始めるのだが、楽しいのは最初だけで、すぐに行き詰まる。行き詰まると面白くなくなる。
暫くギターに触らない日が続いた。ある昼、ベッドに横になりぼんやりと過ごしている時だった「あぁ!そういう事か」と急に「わかる」瞬間があった。私は知らないのだ。身体で覚えた事だけを頼りに曲を作ったって、そりゃ面白くない。だって、何も知らないんだもの。先ずは知る事が必要だ。そこから今までとは違う曲の聴き方をやってみたり、コードとコードの繋がりにも意味がある事を知り感嘆したりと知っていく事が楽しかった。

放課後の教室。
男友達のT君と音楽の話に花を咲かせていた。
「あの曲のあのフレーズ、あるとないとじゃ全然変わるよね」「そうかな、私はアレがあるからダサくなってると思う」などと、最初は談笑していたのだがいつの間にかヒートアップし、そのミュージシャンがいいか悪いかという討論になっていった。私はそのミュージシャンをよく知っている。何故ならその人の音楽も発言も歴史も全部調べてる。というような心持ちがあったから余計に、男友達の言う事を全否定しながら言葉でなんとか理解させようと息巻いていた。「ミシオさん、なんかそれ、違うと思うな」ずっと黙ってやり取りを聞いていたもう一人の男友達、K君がポツリと言った。「なにを知ってるって言うの?それ、何も知らないって言ってるようなもんじゃない?なんか、ダセェ」私はムカついて「は?じゃあんた何知ってるの?知らないなら口挟まないで」「いやさ、俺も好きよ。でもさTに対してさ、私はなんでも知っているって感じで話されてもさ、知っている事があるってだけで、実際知らないじゃん。会ったこともないのにさ。俺は知ってても、人と話すときくらいは何も知らないんだ俺はって思いながら相手の話、聞くけどな。そっちの方が一緒になって考えれることも、新しい考察みたいなもんも増えるでしょ」その時何を行っているのかよくわからず話も白けてしまい帰路についた。

夜、電話が鳴った。K君からだった。「なんか、今日ごめん」「別に、いいよ何も思ってないし」「いや、なんか思えよ」
謝りの電話かと思ったら違った「あの後考えてたんだけど、ミシオさん知ってるの押し売りやめた方がいいよ」とにかくムカつくのだが最後まで聞いてやろうと思い我慢した「これは俺の考えだけど、知ってても、なにも知らないって、フラットな気持ちで向き合う方が本当に大事な事知れるんだよ。ミシオさんは全部付け焼き刃っていうか...聞いていてこっちが疲れる話してると疲れんの」「じゃぁ話さなきゃいいじゃん」「だからそう言う事じゃなくて、わからない知らないって何よりも可能性があることなのに、自分でそれ狭くしてやっぱりダセェよ」「あんた、なんなの?何が言いたいの?」私は癇癪を起こし、一方的に罵詈雑言で罵った。そしてその勢いに任せ「あんた、あたしのこと好きなんでしょ」と、何故か口走ってしまった。受話器越し、しばし沈黙の後「うん、好きだよ」とまさかの告白を受ける。驚いた勢いで受話器を切った。


数年後。
どうしても欲しいエレキギターがあり、まとまったお金を稼ぐため福岡は中洲にあったラウンジで暫く働くことにした。
お客の相手をしながら、どうでもいい話をどうでもよく交わしていると「おい、あんたさ聞いてる?僕の話。酒作ればいいってもんじゃないでしょうよ」ときた。「やだ、聞いてますよ。で、なんでしたっけ?」その人は横浜から出張で福岡にきており、何かの先生だったのだが私の好きだったミュージシャンの事をその先生も好きだとわかり話に花が咲いた。その時、ふとK君に言われた事を思い出した。「何も知らないんだ私はと思って話をする」そう心に据えその先生と会話をしていくうち、相手の話をじっと聞く事で互いに好きなミュージシャンについて思いもよらなかった発見をし、そこで初めて私が知っている事を話すと「あぁ、それはね...」と、また知らなかった事を話してくれる。会話が弾み楽しい夜になった。

「私、本当あの時ダサかったんだな...」帰り道にそう思った。
「わかる」事は自分だけに訪れた賜物で「知ってること」は、相手とのやり取りの中で切り出すきっかけ、手持ちのカードくらいに思った方がいい。お喋りが好きでも一方的な物言いは確かに、相手を疲れさせるんだなと時間を経て「わかる」ことだった。

ギターを弾けるようになったその先で気付いた事、自分に増えていく知識や見解は私のものではないという事。誰のものでもない。知った事が本当に自分のものになった時、言葉は消えていくように思う。「わかる」とは疑念が薄まり、そこからまた次のフェーズにいける扉のようなものだ。
知った事を真剣に考えたり調べたりしていくうちにどうしてもハマってしまう沼がある。その沼にズブズブと浸かりすぎると心を病んでしまう事もあるが、その沼から抜け出せた時に広がる景色や世界があるという事を、毎日徒然に4000字書いている中で今は「書く」事で知れる事に興奮し、次第にわかるようになる時を待っている。





余談。
SNSなんかを見ているとこの「私は知っている、わかってる」人の多さに驚く。意見や思う(感じた)事をぶつけ合うとは別の話である。知らない人同士、自分の知ってるカードを息継ぐ間も無く切り出し、手持ちのカードがなくなると自分に訪れた「わかった事」を、いや「わかりかけている」こともその過程で安売りしている。漬物で言うと浅漬けにも満たない時分。浅漬けならまだいい。勿体無い。私は...私なら、酒を注ぎ合いながら仲良く喧嘩したい。何も知らないって事は、本当に知りたい事を知るための近道のような気もしている。喋りすぎると、語りすぎると御里が知れると言われた事がある。知れてもいいという覚悟もないのならなんにも言わない事も選択肢のひとつでいいと思う。言い訳を講釈とごった煮にしても底が知れる。私がそうだった。喋れば喋るほど何もない私に気づく。沢山の恥をかきつづけている身からすると大きなお世話も焼きたくなる。
その人、個にとってまだか、永遠にか、名前を持たない感情に対し自分の内で大切にしたいと思うなら余計に、沈黙にも言葉はある。聞ける耳を養えばいい。なにも知らないという心持ちで相手と接する事も大切なんじゃないかと、やっと、本当にやっっとこさ、わかるようになってきている。






posted by 見汐麻衣 at 15:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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