2020年03月25日

2020年3月24日(火)


見上げると一年経っている。
渋谷桜丘にある勾配のきつい桜通りを歩きながらいっせいに咲き出した花弁を眺め「あ、もう一年経ちましたか」と独り言。
桜の木は近くで愛でるよりも、遠くから桜の木々が見える景観ごと味わう方が好きだ。
今年の2月、伊豆に出向いた時、川伝いに寒緋桜(カンヒザクラ)が咲いていた。釣り鐘状に咲く花をジッと見つめ「お前もせっかちだな」と独り言。せっかちな割に花弁がうつむいて咲いているところがいじらしいなと思う。
まだ肌寒い中、周りの草木には色もなく当日の天気もすぐれなかったからか、寒緋桜の火照ったようなピンク色が一層綺麗に見えた。

高校二年生を迎える春休みの間、地元にあったホームセンターで伝票整理のバイトをしていた。
束ねられた伝票を受注先の会社ごとに分けて金額を確認し、棚に入れていくというシンプルな作業なのだが伝票をめくるたびに親指と人差し指が伝票のインクで黒ずんでいく。一緒に仕分けをしていた友人のYちゃんは指サックをはめていて「麻衣もこれ使いなよ」と勧めてくれるのだが、指サックというものをつけると私の場合何故かうまく捲れず嫌っていた。直に触る方がいいのだ。インクで汚れた指を洗う前に匂いを嗅ぐことが好きだった。インクと用紙が混じった匂いなのだが「今日も頑張った!」と思えるのだ。

バイト中、休憩が一時間ありホームセンターの裏山まで歩き、其処でYちゃんと昼食を食べていた。
小高い山の斜面に腰掛けると眼下には満開の桜が見渡せる。当時の私はお腹が膨れたらなんでもよかった。コンビニで適当に買った菓子パンを食べたりしていたのだが、ある日いつものようにYちゃんと其処で昼食を取ろうとした時「はい、これ麻衣の」とお弁当を差し出された。
「私に?」「うん。あんたいつもそんなもんばっかり食べてよくないけん、栄養考えてご飯食べな」

Yちゃんは同じ女子校に通っていて私は商業科で、Yちゃんは食物科だった。
余談だが、大人になって簿記やワープロ、情報処理、電卓、算盤検定、一通りの資格を持っているというと驚かれる事が多い(そりゃそうだ、今現在その資格は持腐れに等しい。今思うと私も食物科を選んでおけば良かったと少しだけ思う)

Yちゃんが作ってくれたお弁当の中身を今でも鮮明に覚えている。
甘い卵焼き、油揚げと大豆の入ったひじき、菜の花の胡麻和え、焼鮭。そして白いご飯の中央にピンク色の花がのっていた。
「これ、梅干しの代わり?」「代わりじゃないよ。蓋を開けたら其処にも季節があるってよくない?」「これなに?」「桜の塩漬けよ」「本当にあんたが作ったと?」「そうよ、な〜んよ食べんと?食べると?」「食べる...ありがと」
ゆったりとした風に舞う花弁と、眼下に咲き乱れる桜を観ながら食べたそのお弁当のことを思い出すのはいつもこの季節だ。
高校生になり、同じ時間を過ごしていたのにYちゃんは一年間の間にこんな立派なお弁当をこしらえる程までになっているのかと思うと、指の匂いを嗅いで「今日も頑張った!」と満足している自分がその時とても幼稚に感じた。初めて口にした桜の塩漬を心から味わうには自分はまだまだ程遠い所にいる気がしていた。
土筆やふきのとうの苦味を好むようになり、タラの芽の天麩羅とウドのぬたをつついて日本酒でいい気分になっている時、
「春の味わい方」を17歳の私にいち早く教えてくれたYちゃんの事を思い出す。







posted by 見汐麻衣 at 03:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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