2018年02月02日

おしくらまんじゅう。

朝起きたら喉に違和感。
熱はないが気管支炎のような症状。翌日、夜にライブがあった為すぐに病院へ。いつもの薬を処方してもらうには診察を受けなければならない。
診察時間は朝9時からだったので10分前に病院へ行くも既に7人程の人が並んでいた。
診察券を渡し、待合室のソファへ腰掛ける。縦長の狭い待合室には5,6人掛けのソファと2人掛けの椅子。
7,8人もいればギュウギュウなのだが、皆立っているものしんどい故、我先にとソファに腰掛ける。かくゆう私もその一人。5,6人掛けのソファに座り、持参した文庫本を読みながら診察を待つ。その間にも患者さんは増えていく。後からきた患者さんは具合もよくないのだろう、「すいません」と言いながらも強引にお尻を入れ、狭いソファに隙間をつくりそこにねじ込むように座ってくる。徐々にソファの端の方へと追いやられていくことに苛立ちを憶えた瞬間、また「すいません」と言う声が聞こえ私はソファから追い遣られる形となった。こういう厚かましさを持った人が長生きするのだろうと心底思う。嫌味のひとつでも言いたくなるのを堪え待合室の隅へいそいそと移動し、定員オーバーのままひしめき合っているソファを眺めていたら、おしくらまんじゅうを思い出した。

小学校低学年の頃流行っていた。
数人で背中を合わせ円陣を組み、「♪おしくらまんじゅう押されてなくな〜」と歌いながらお尻や身体をぶつけ合う。冬の寒い時期、昼休みの教室でよくやっていた。友人の中で一番身長の低かったSちゃんはいつもドーンと飛ばされて転倒し、ケタケタ笑っていた。何度もやるうちに体の温度が上がっていくのを感じ、昼休みが終わる頃には寒さも幾分か忘れる程だった。
ただ、私はこの遊びが好きではなかった。突き飛ばされてケタケタと笑うSちゃんを見ると「毎回なんで笑っていられるのか」と、苛立ちを感じ、「飛ばされないようにしなよ」と、怒り気味で言ったりもした。
「弾き飛ばされる」ということに極端に恐れを持っていた。椅子取りゲームも同じ理由で嫌いだった。
下校の時間、Sちゃんと二人きりの日があった。思っていたことをなんとなく口にしていた。「おしくらまんじゅう、本当はやりたくない、私は好きじゃない。」「だったらやらなければいいじゃない。」意外な返答だった。
「え?」という私に「私も好きじゃないよー。でも私があそこで毎回突き飛ばされたらみんな笑って終わるでしょ。私の役目でしょ。」
Sちゃんは早く終わらせる為にその役目をかって出ていたというのだ。「麻衣ちゃんは、やりたくないならやらなくていいようにすればいいじゃない。私は好きじゃないけどみんながやるならやるよ。でも、ずっとは嫌だから転んで終わり。でしょ?」
衝撃だった。確かにそうだ。翌日から私は「おしくらまんじゅう♪」って私が歌う役やるから、そうすればみんなゲームに集中できるでしょと、なんとも強引な参加の仕方を提案し、皆もそれでいいと言ってくれ私は歌担当、相変わらずSちゃんは飛ばされていた。
自分の役目を自分で捉えることを、Sちゃんは本能でやっていたのか、考えてやっていたのかわからないけれど私の記憶には鮮明に残っている。

待合室のソファにギュウギュウになりながら座るくらいなら、少しばかり本調子でなくとも私は立ったまま待つ方がいい。「すいません」と隙間に尻をねじ込める精神があればいいがそれはできない。
弾き飛ばされるのが怖いのなら、最初から円陣を組まなければいいし、その輪に入らなければいいいだけのことだと、私はおしくらまんじゅうという遊びと、Sちゃんから教わった。
ただ、その選択はとても険しいものなのだと大人になって痛感もするのだが。



posted by 見汐麻衣 at 21:17| Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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