2016年02月01日

夜へ急ぐ人。

いつどのような状態で聴いても、この曲が流れると(聴いてしまうと)目から水がとまらなくなる現象がおこる曲があります。最初に書いておきますが、「好きなもの(人)を熱く語る人達」というのが苦手なのですが(私論、俺論みたいなやつ、だいたいそういう人に限って話をきいていると自分がどれだけ好きなのかの感想だけで批評性も考察もされてなく期待していた分きいていてがっくし......と思う事が多い。)
苦手なのですが!言った側から私はそれを、その苦手なやつを自分で書きます。

最初に聴いたのは小学生の頃。
友川カズキファンだった叔父の部屋でちあきなおみが歌うこの曲が流れてきた。
私は胸の慟哭を押さえきれず、号泣し、叔父に「怖かったね笑」と言われたが、怖いという感情等ではまったくなくレコードから流れてくるちなきなおみの「もっともっともっと欲しいんだ!」というような叫びに圧倒されたというのか、「もっと私の飢えを満たしてくれるような曲を!私を壊して!」と言わんばかりの圧倒的な歌唱に卒倒するかと思った。「四つのお願い」のような歌謡ポップスを歌うちあきなおみを観ていると虚しい気持ちになってしまう。とってもいい曲なのだがこういう曲は外連味で押し通せるような所詮ちょっと歌の旨いアイドルなんかが歌ったほうがグッとくるんじゃないかなんて聴いていて(偉そうな物言いですいません)思ってしまう。
人様に言われなくとも痛感、認識している「ブルースが全くない」私からしますと(それは結局、生き方そのものに陰影が少ないということにもなり、根本的な自己否定にもなるのですが!)一生うたえないようなうたをサラリと歌っているようにみせている自己演出も含め、私の中でちあきなおみは超人間なのであります。ドラゴンボールで言ったら生まれたときからスーパーサイア人です。圧倒的な歌唱とかそういうもの以前、以上の何か。その何かはやっぱりブルースなんじゃないかと最近思うのであります。それは技術で得れるものでもないし、飼いならせるものの類いでもないと思うので、
(復活なんてしないとわかりきっているんですが)もしも願いが叶うなら、ちあきなおみのコンサートを生きている間に観たい!と切に思うのであります。(日本語詞浅川マキによる「朝日のあたる家」なんかはもう......目線だけで歌っているかのような。)

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posted by 見汐麻衣 at 15:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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