2016年01月01日

オキマン。

大竹伸朗氏の著書「既にそこにあるもの」(ちくま文庫)の中で、山塚アイ氏と雑貨店の中で品物を選んでいるクダリがあり、山塚氏が「店の物を盗むのは『万引き』だが、自分の持ち物を店に置いて出てくるってのが面白くてやっていて、それを『オキマン(置き万)』ってよんでるんすよ。」と書いてあった。

私も小学生の頃同じようなことをやっていた。
通学路の途中に夫婦で営んでいた小さな本屋があり、その店の文庫棚に自分のお気に入りの本を入れて帰ったりしていた。数日後、なに食わぬ顔をして店に行き、本を入れた棚とは違う棚に自分の本が移動しているのを見てニヤリとしていた。ただ、それだけのことなのだが、そういう〈遊び〉をよくしていた。
店のおばあさんに見つかったとき「こんなことしたらいかん」と怒られたのだが、おじさんは「おまえ、おもしろいな」と褒めて(?)くれて、「なんでこんなことしたんね」と聞かれたので「本が動いてたら、手にとった人がなにを考えて戻したのかを想像するのがおもしろいから」と言うと「へんじんやね」と返されたのを憶えている。
他にも自分だけの〈遊び〉があった。
家の近所に空洞ブロックを積み上げて作られた壁があり、
空洞ブロックの上の部分(ウェブという名称らしい)に穴が三つ空いていて、その穴を貯金箱にして500円玉を貯めていた。人様の家の壁の中にお金を貯めていくという行為が面白く、その前を通るたびに「誰もこの壁の中にお金が貯まっているなんて思わないんだろうなぁ」とニヤリとしていた。
ある日、その家が取り壊されることを知り、慌てて向かうと壁は壊されており、工事のおじさんに「壁の中にお金ありませんでしたか?」と聞くと、怪訝な顔をされ「あるわけないやろ」と返されて終わった。
500円玉を10枚以上は入れていたはずで、ないわけがないのだが。あのお金は何処に行ったのか、時々思い出すことがある。
自分にとってはどちらもひとりで楽しむだけの単純な〈遊び〉でしかなかった。
大人になりお酒の席でその話をしたところ「その遊びの何が楽しかったのか?」と聞かれたことがあった。
その時はうやむやな返事をしていたが、後日、よくよく考えると、〈遊び〉を思いつくことが楽しく、〈遊び〉自体を行っているときは凄く真剣だったことを思いだした。
こういう〈遊び〉は地味ながらまだいくつかあるのだが、それがなんだったのかと言われたら未だに判らない。
最近はもう、〈遊び〉ではなく、入った店に自分の持ち物を忘れて帰ることが増えてしまった。









posted by 見汐麻衣 at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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