2018年05月16日

遅滞。



ベランダのコンクリートを突き破って咲こうとするアレチノギクを放っておくか、駆除するかをずっと考えていた。
考えながら隣の家の庭に立派に咲いているジャスミンの匂いが強すぎて急に腹立たしくなった。と同時にアレチノギクはそのままにしておこうと思い直した途端更に強烈に匂ってくるジャスミンにふつふつと怒りが湧き上がる。
気にいらないことが多いとき自ら選び取り発される言葉によって自分の本質がはっきりと浮かび上がる。
言葉に寄りかかろうとしている時、鉛筆を持ってはいけない。
「その人の気圧のなかでしか 生きられぬ言葉もある」寝る前に目にした一文。
苦笑いして床につく。


◼️
八木重吉の詩集に「朝の あやうさ」という一編がある。4行の短い詩なのだが、紙に書いていつも持ち歩いている。
たった4行で言えてしまうことがある。

















posted by 見汐麻衣 at 15:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日々失格。


この頃の自分に対し出てきた言葉です。
しっかり実り垂れる稲穂に比べ、ただ項垂れている姿勢がもう。



友人、知人の新譜リリースが続いていて、日中聴いている。その中の一枚をじっくり聴いた後本人に感想を送った。
数年会っていないし、時々メールの往来がある程度でおこがましい言い方になってしまうが彼の言動、作品には共感するものがある。4年前、酒場で話したとき「見汐さんには他の人にはない詩情があるのだから、それをもっと前面に出した作品を作るべきだ」と言われ、当時の私はそこから離れたい一心で次回作をどうするか模索している時だった。「そんなもの、今誰が聴くのか。もうそれは無理だ諦めている。今の時代に歌を”うた”として聴いている人なんかいないよ」と言ったら彼はとても、本気で怒っていた。
本気で怒っている彼に「私は、自分の在り方として全てから遅れて居ることが重要だと思っている。意識してでもそうするべきだと思ってそうしているからこそ、今(歌を)本気で聴く人なんかいないのだと痛感する。ものごとの後ろ姿をじっくり見ようとすることが自分には合っている」と言ったら「それは、諦めじゃないでしょ。もののみかた角度の違いなだけで俺も見汐さんも今がいちばんいいって思ってるのにうたう人間が誰が聴くのかなんて言ってんじゃないよ。何から逃げてるの?」と言われたのだが、彼は多分憶えてないだろう。
同じ言葉でも響き方も伝わり方も、もっと言えばその言葉の意味さえも変わる程、誰がそれを言うか がとても重要で、「今の時代がいちばんいいよ」なんて言葉は、今、彼にしか歌えないなと思いながら聴いている。

わたしは なに から逃げているのか。
posted by 見汐麻衣 at 15:17| Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする