2016年04月21日

全開。



海岸沿い、曲がりくねった道をバイクに乗りフルスピードで走りながらこれを爆音で聴いていた夏がありました。
これ以上もうでないというくらいのスピードで曲がりくねった道を突っ切って海に落ちても本望だと思った一日でした。
リチャードヘル、かっこ悪いのにもの凄くかっこいい。テレビジョンやハートブレイカーズじゃこの時はダメで、
リチャードヘルじゃないとダメだった。田舎の海沿いの道、意味を成さないガードレールの先に苛つく程大きな海と入道雲。ロバートクワインとアイヴァンのギター。同じ気持ちを味わうことはもうないかもしれない。
でも、夏は色々を凍らせる。一生溶けないように。

posted by 見汐麻衣 at 00:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月25日

ニューロックの夜明け



20歳当時、福岡のKieth Flackというクラブに毎週末遊びに行っていた。面白いDJイベントがたくさんあり、その中のひとつにニューロックの夜明けシリーズがあり、サミー前田氏や湯浅学氏が来福する際は必ず行っていました。夜も深くなると必ずかかっていたpico(樋口康雄)の「I LOVE YOU」これを聴くと当時の事を色々思い出します。その後樋口康雄のCD「ABC」を買ってよく聴いていました。リリースされたのは72年(本人当時20歳!)で、樋口氏は18,19歳で収録されている曲の作曲アレンジの殆どを行っていると知ったときの驚きと納得。最近だと服部峻君の音楽もそうですが、なんかもう、才能という言葉をこうも具体的に提示されると笑いがでてきます。純粋な作曲能力より、リミックス能力(というものがどういうものか説明できないでいますが)に長けた人の作る作品に対する興味が増しております。2001年か02年、ZEPP FUKUOKAにて「ニューロックの夜明け」オールナイトイベントがあり、ザ・ハプニングス・フォー/遠藤賢司バンド/クレイジー・ケン・バンド/野坂昭如/渚ようこ、福岡のバンドFIELDやザ・ヤング、蝉、THEE 50'S HIGHTEENSなどが出演していました。
蝉に湯浅さんが参加し、始終轟音の中客は泥酔し、踊っていた様子は2000年代に見るような光景ではなくて、とても興奮していたのを憶えています。

少し前、よく行く新宿の呑み屋で樋口康雄のCDがかかっていて、急にこの時期のあれこれを思い出し、当時買ったCDやレコードを探して聴き直していました。というだけの日記。おわり。
posted by 見汐麻衣 at 18:55| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月27日

santa baby



アニス&ラカンカ(mmmと見汐麻衣)では好きな曲を色々とカバーしておりまして、この曲もそのひとつ。
Eartha Kittの甘い声が好きです。
posted by 見汐麻衣 at 16:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月30日

鞄の中。

自宅から駅まで向う道順が2パターンある。
家を出てすぐに左折するか、しばらくまっすぐに歩いて左折するかの差なのだが、
その日の気分で道順を変えるようにしている。

今日。
家を出た時すぐに左折して駅まで向う道順で行こうと決めた。
鞄の中には手帳とメモ用紙とペン、ハンカチ、煙草、財布、携帯電話、家の鍵、あとはなにかごちゃごちゃしたもの等が入っている。いつも無駄に重い。
家を出て数分後電車に乗る、そのとき私は本を読んでいた。
数分前までは鞄の中になかった文庫本。
道順を決めて歩いている途中、民家の玄関前に
「ご自由にどうぞ、いい出会いになりますように」と書かれたカード、ダンボール箱の中に大量の本があった。
足を止め数秒、背表紙を確認しながら無意識で手にとった2冊。
堀辰雄「幼年時代・晩夏」阿刀田高「仮面の女」
本を買う気分でもなく、読む気分でもなかった。
なかったのに、つい、堀辰雄著の本を開いて読みすすめていた。
9ページ目まで読んだところで、ページ最後の文章に掴まってしまい、何度も読み返していた。
何度も読み返すうちにいつの間にか独り言のようにブツブツと口にしていた。
何故、その文章に掴まったのか自分でもわからなかったが、忘れたくないと思い、鞄をまさぐってメモ用紙を取り出し、その文章を殴り書きした。電車は揺れているからうまく書けない。後で読み返そうと思ってもきっと読み返せないくらい乱筆ではあるがそれでも書きとめ、そのメモを鞄の中に入れた。

目的地に着いて鞄を開けると、先ほどのメモ用紙と別に鞄の底から同じようなメモ用紙が数枚でてきた。
自分でも忘れていた、くしゃくしゃになったそれを開いてみると同じように乱筆な走り書きのメモだった。
内容はたいしたことではなかったが、今日書いたメモ用紙と鞄の底にあったメモ用紙に殴り書きした言葉を全てあわせるとひとつの“答え”になってた。
それは自分が今年に入ってずっと考えていることへの答えだった。
以前、知人に鞄の中身を見られ「見汐さんの鞄、ゴミ箱みたい……」と言われショックを受け、
それ以来整理整頓するように心がけていたのだが、いつもは自己嫌悪にしかならない自分の無精さを今日は肯定してあげたい。
家を出て、すぐに左折したことも、玄関先にあった主のカードにも、無意識に選んだ文庫本にも、
掴まった文章にも、乱筆に綴ったメモ用紙も、全部が意味のあることのように思え気分がよくなる。
頭の中も鞄の中も、煩悩でいっぱいになった頃、地味ながら思いもよらないことがおこる。



posted by 見汐麻衣 at 16:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする