2016年03月07日

報せ。

早朝の電話。
久しぶりの人からのタイトルのないメール。

これにはいつもドキリとする。
嫌な予感がし、電話にでる。メールを開く。
嫌な予感は現実になる。

2009年、夏につけていた日記を見返す。
「人生は悲劇か喜劇か」と、話した日があった。
その人は「喜劇でしょ」と即答した。
「私もそう思う」と返した。悲劇がどういうもので、喜劇がどういうものかの答えをだしたいわけでもなく
ただ世間話のように話していた。
「おかしみとかなしみがごちゃまぜになりもうどうすることもできなくなったときに笑ってしまう。ただ、不思議なものでその瞬間に生きていくことへの活力が生まれる。」という話に深く頷いてくれた人。
「ミシオさんの歌、喜劇じゃないすか」「どおゆうこと?」「いつも悩んでますけど、結局全部肯定して笑ってるようなとこあるじゃないすか」「そうですかねぇ。あぁ......だから売れないのかなぁ。悲しいラブソングとかもっといっぱい作った方がいいのかなぁ」「笑。そういうことじゃないですよ。いやぁまぁ、みんな往々にして悲劇が好きなんですよ。共感できるけど自分には関係ないことが。そこであぁ自分は幸せだなって噛み締めたりすることもあるんですよ」「うーん、もの凄くわかる笑」「僕はミシオさんのうた、好きっすよ。『だから私と』みたいな女の人彼女にしたいっすもん」「え!そんなふうにみえない!」「いやいやいや笑」

こういうやりとりがあったのか。
なんでもないようなことだけれど日記を付けておいてよかったと思った。
深く頷いてくれた内容はその人にとっての理想だったのか。
今更そんなことを考えたところでなんにもならないだろうが、
そういう会話をした日が確かにあったということだけでいいのかもしれない。







posted by 見汐麻衣 at 07:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする