2020年09月14日

2020年9月14日(月)「鉛筆の握り方」


この数週間、朝起きると左側の手足小指を中心に痺れている。しばらくほっておくと治るのだが、今朝は左手全体がその状態で夕方になっても違和感があるので怖くなり脳神経内科を予約。いつもは身体に少々でも変化があるとすぐ病院に行くのだが、身体のいうことを聞くのも億劫になるくらい疲れがあると放っておいてしまう。何もないに越したことはないのだから些細な違和感を感じたら直ぐに診察に行くべきねと改めて思う。
何処も悪くありませんように。


先週、所用で税務署に行った。
担当してくれた役所の青年の対応が事務的なのは全く問題ないのだが、言葉の端々に気怠さを露わにしている様子が垣間見れ、気分がいいものではなかった。まぁ、仕方ないのだ。一日何人も色んな人間を相手にしているとこうなるものだと思いやりとりを進めていると、青年のある行動がとても不愉快に感じた。書類記入にあたり、解らない事を聞きながらメモをとっていたのだが、私の鉛筆の握り方を見て「ふはっ」と鼻で笑われた。しっかり聞こえたので顔を上げて一目すると青年は顔を逸らした。そこからあからさまに、対応が変わったのがわかった。低く見積もられたその態度に、それ以降その青年が何を言っても頭に入ってこない。
私は鉛筆を持つ時に人差し指と中指に挟めて書く。この持ち方が世の中で言う所の伝統的な持ち方でないのは解っているけれど、人様に咎められた事はない。一度だけ小学生の頃担任の先生に「大人になってその持ち方では笑われる」と言われた事がある。その時私は「どうして笑われるのですか?」と聞いた。先生は答えをくれなかった。幾度か練習したけれど直せなかった。どうしても書きにくいのだ。大人になって同じ様に個性的な持ち方の友人に出会った時「子供の頃注意されたことある?」と聞くと「あるある、育ちが良くない云々(きちんとしたしつけがなっていない)と思われるんだよとか、でも直せない。これがどうしても書きやすいもん」と聞いて大人の見解は一緒なんだと思った覚えがある。母親には「どうやっても直らんのならもう仕方ない。どう握るかよりあんたの思う様に書ければいい」と言われた。それが私には答えだった。
私の了見が狭いのはもう百も承知だが、やはり気になって口に出していた。「さっき、私の鉛筆の握り方を見て鼻で笑いましたよね?」青年は大きなマスクで半分顔が見えない。目だけを見開いて沈黙していた。「さっきからその気怠い対応は私の...無知により時間を割いてしまうのは申し訳ないですが、鉛筆の握り方に関しては笑うところじゃないと思います」「は?...あぁ...いや...」「しっかり聞こえたのに?」「はぁ......」その後、青年は大きな音を立ててファイルを閉じたり、語気が強くなり、徐々に苛立ちを現し、結果、最悪な時間になってしまった。
税務署を出て帰路につく途中、おさまらない怒りの矛先を何処に向けていいものか解らず悲しくなっていた。青年は私の鉛筆の握り方で私という人間を測ったのだと思った。正直、こちらが感じた青年の纏う空気も気持ちのいいものではなかったので、どう思われようが関係ないと思うのに、こんな所で世の中の視線の厳しさを感じている自分に情けなくなり、ちょっと泣いた。
私はとてもしつこい性格なので、その後、あの青年がこれからどんな風に人間と向き合い年老いていくかを勝手に想像してみた。私の人生で二度と交わることのない場所に居る姿しか浮かばなかった。



近所に時計と眼鏡を売る個人商店がある。
ウィンドウ越し、ずっと買い手のつかない目覚まし時計が日に焼けて色落ちしている。なんとなし、立ち止まって下の棚の方までじっくりと見ていたら「あっ!」と声が漏れた。私が小学校3年生まで使っていた目覚まし時計を見つけたのだ。私は店の中に入り、「すいません、あの目覚まし時計ちょっと触らせてもらっても構いませんか?」と店主に尋ねると「どうぞどうぞ」と快く承諾してくれた。背中にある黒いツマミを回し長針に目覚ましの目安針を合わせる。「パッパパ〜!(ラッパの音)ヤッホー!朝ですよぉ起きてください!パッパパ〜!...」それを聞いた途端、ちょっとだけ9歳だった時分に過ごしていた部屋がありありとフラッシュバックした。購入しようか一瞬迷ったけれど、懐かしさで購入するより今こうしてここで一度だけ聴けたことで満足してしまった。思い出すことなど必要のない在りし日の風景の中に、数秒間だけ佇むことが出来たことの幸せ、その幸せがものの数秒で消えてしまう寂しさ。数日後店の前を通るとその目覚まし時計はなくなっていた。







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2020年08月31日

2020年8月30日(日)「匂い」


25日(火)@渋谷7thFloorでのライブにご来場頂いた皆様、配信をご覧頂いた方々、改めてありがとうございました。
後日、自分でもライブを見直してみて「あぁ...もっとこうしたかったああしたかった」と思う事ばかりが目につくも、人様の前でうたい、演奏できる事がとても嬉しかったですし、楽しかったです。

7thFloorのご好意により、9月1日(火)までアーカイブ映像がご覧頂けるそうです。
こちら→http://7thfloor.official.ec/items/32499161 (ご購入後、配信URLのアドレスをダウンロード出来ます)


さて、今年は残り4ヶ月。本来なら10月の開催に向け、今年の頭から準備しようとしていた自分史上、気概のいる企画もコロナにより流れてしまい、空気の抜けかけたビーチボールの様になっておりましたが、元来適当な性格なので次またやればよしと思い改め今やるべきことだけに目を向けております。開催したあかつきには是非、ご来場頂きたい。ぎゃんばります。





昼。
駅のホームに向かうと力士が居た。私は相撲に疎いので番付の地位がよく解っていないけれど、街中で相撲取りと遭遇すると高揚するのはなんだろう。嬉しくなってしまう。力士の後ろを通り過ぎた時、鬢付け油の甘い匂いがしてつい、マスクを取り鼻孔を目一杯広げて空気を吸った。この暑い盛りに鬢付け油の匂いはこう...グッとくる。夏の色んなものと混じりあって、セクシーな匂いがする。いや、言ったそばからどういうことだ?と思うけれど......爽やかな淫美さを感じます。



匂いで思い出した事がある。2004年の半年程、姫路に住んでいた。冬になると駅構内にある駅そばをほぼ毎日食べていた。姫路の駅そばは「蕎麦」ではなく、かんすいの入った中華麺で和風だし。当時300円くらいだったと思う。当時梅田にある映画館に勤めており、片道1時間弱はかかっていた。冬の早朝など電車を待つ間に一杯ズルッと食べて、身体を暖め、夜、クタクタに疲れて駅に着くとこれまた一杯ズルッと食べて帰路につく。おいなりさんもあったはず。深夜、家でも食べたくなるのでお持ち帰りもしていた。スープの奥に感じる少しだけ甘い匂いと、麺を啜った時に鼻から抜ける揚げとネギの匂いが何よりも幸せで労いだった。姫路にいい思い出はあまりないのだけれど、(姫路は何も悪くない。私と街との相性が良くなかったんだと思う)駅そばとJean Jean(ジァンジァン)のカレー(ロケットSON氏に連れて行ってもらった。いい思い出です)と、ホルモン 竜(姫路に来てすぐ、シュン...としていた時分、ゑでぃまぁこんのお二人がとても良くしてくれて連れて行ってくれました。愛しています) 、名前を失念したけれどアーケードの中にあったジャズのかかる中華屋。食べ物の思い出は山の様にあるのが姫路。あと、マッシュルーム(ライブハウス)。
冬になると真っ先に思い出すのは駅そばのあの出汁の匂い。東京に越してから、ゑでぃまぁこんのゑでぃさんに「ミシオさんこれぇ、好きやんなぁ?」と言って姫路駅そばのカップ麺をお土産に頂いたことがあった。私は狂喜乱舞し帰宅後すぐに食べたのだが、なんだか少し味が違う。いや、同じといえば同じだが、あの駅ホームの乱雑な場所に立ったまま、黒い椀でズルズルとやるあの駅そばがやはりいいのだと、少し寂しくなった。冬の匂いと交わってあの場所で嗅ぐ出汁。どうしよう、お腹が減ってきた......。駅そばが今、食べたい。
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2020年08月13日

2020年8月13日(木)「乱雑記」


残暑お見舞い申し上げます。
毎日アチィですね。私は夏生まれなので(もうすぐ、またひとつ年をとります)なのでと言う事もないか......。まぁ、夏が好きです。
毎年、この季節だけは元気です。暑いのがいいんです。蝉の鳴き声も、パッキリした空の色も、雲の太さも風のヌルさも突然の雷雨も、好きです。夏は積み重ねてきたこれまでの夏をまとめて感じる事ができる唯一の季節です。なんでしょうね、夏に起こった出来事はどれもこれも忘れ難い。



PM21:21現在、晩酌をしながらコレを書いています。ビールは赤星が好きです、しかし、ここ最近一番絞りばかり買ってしまいます。一口目、発泡酒は嫌なのです。もちろん安価に越したことはないのですが、一日の終わり、ビールをグラスに注いでグイといきたいのです。
アテは小籠包(レトルト)とアボカド刺、冷奴です。豆腐は木綿派です。アボカドは麺つゆと梅酒を混ぜて一煮立ちさせたものを山葵と一緒にチョンとつけて食べると大変旨いです。又は、オリーブオイルとお酢、砂糖(甜菜糖が良い)ちょっと、お醤油ちょっと、レモンかライムを絞ってかき混ぜたものに和えて食べるのもいいです。日によってアテを3品ほど考えるのも夕方の楽しみです。つい先日、アテのひとつにと、冷蔵庫に余っていたもので餃子を作ろうとしたのですが、包むのが面倒臭くなり、フライパンに餃子の皮6枚を敷いてタネ(豚挽肉、紫蘇、玉葱に塩胡椒パッパ、生姜刻んだの少しと小麦粉少々)を平らに乗せ、その上から同じ数の皮を被せ焼いたところ、コレが絶品でした。基本、餃子は蒸し焼きが好きなのですが、ピザ餃子(と命名することにした)はこれまでの手抜きアテの中でも絶品でした。自分が美味けりゃそれでよしとすることばかり増えています。


The Numero Groupと言うレコードレーベルがあります。好きなレーベルのひとつで、朝、Numeroのサイトを見ていたら最高の一枚を見つけました。V.A[Louis Wayne Moody High]早速注文。元来サイケやガレージが好きな身としてはこのコンピは夏にピッタリの一枚で、台所で腰を振りながら料理をしつつ、踊れる一枚です。Spotifyでも聴けます。そして、久しぶりにSUMMER SOUNDS 『UP-DOWN』をレコ棚から引っ張り出し、昨晩キンキンに冷やしておいたスパイスたっぷりのスープカレーを、茹でた素麺と混ぜて食べました。素麺を水で洗いながら口ずさむのは『八月の濡れた砂』です。




最後は告知です。

8月、5ヶ月振りにライブをやります。

8月25日(火)@渋谷7thFLOOR

「Hour Connection vol.2,5 × うたう見汐麻衣vol.19 」

Act▼

【一部】
見汐麻衣 with Goodfellas

見汐麻衣(Vocal.Guitar)
池部幸太 a.k.a 墓場戯太郎 (Bass)
坂口光央 (Keyboard,Synthesizer)
光永渉 (Drums)

【二部】
塚本真一(Pf)×見汐麻衣(歌)

前売 2400円+ドリンク(600円)
18時半開場
19時開演

メール予約:
当日14時まで(nanakaiyoyaku+0825@gmail.com)
件名に公演名、本文にお名前(フリガナ)、予約人数をご記入ください

※お客様20名限定(予約のみ)ライブとさせていただきます



今後、またいつライブが決まるやも未定のまま。世の中の状況が変われど、自分の成すべきことは棚に上げず...まぁ、できる限りの配慮と心構えで色々とやっていくしかないと最近は思うようになりました。

さて、今回は二部構成で開催することにしました。7thFloorにて行なっている「Hour Connection 」という企画と高円寺円盤(改め、現在『黒猫』という店名になりました)にて行なっていた「うたう見汐麻衣」、この二つの企画を一度にやります。
一部はバンドセット。毎回ゲストを一組お呼びしておりましたが今回はワタクシ達だけで。バンドセットなんと7ヶ月振り(!)コロナ禍で新たなイマジネーションを手にしたであろうメンバーと会うのも久しぶり。どう行ったライブになるか神のみぞ知る。
換気をたっぷり、休憩を30分程挟ませて頂きます。
二部は塚本真一×見汐麻衣のデュオ。ピアノとうた。こちらは三年弱円盤にて行なっていた平岡精二の楽曲やカバーを中心にうたうといった企画です。円盤がライブ開催を辞めることとなり、この企画を再開できる場所を模索していたのですが、こんなご時世ということもあって手付かずのままでした。今回5ヶ月振りに開催します。

この夜、お客様20人までという制約でライブを行います。うがい、手洗い、マスクも当たり前に生活の一部になって違和感もなくなって来ているのですが、やはり人と人が交わる場所への移動はためらいが付きまとうかと思います。が、矛盾を承知で申し上げますと、「皆々様、充分にお気をつけて心よりご来場をお待ちしております」ひとときの静かな宴を一緒に楽しめれば幸いです。





8月の終わり、皆様と直に会えることを心から楽しみに、もう少し頑張ろうと思います。
暑い毎日が続きますが、お疲れの出ませぬように!!!!



posted by 見汐麻衣 at 22:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月16日

2020年7月16日(木)「台所で息をする夜」

夜に、台所であさりが息をしていた。

小学生の頃。深夜、尿意を感じ一階へ降りた。トイレを出て喉が乾いていたので台所へ向かった。母はまだ夜の仕事から帰ってきていない。誰もいない台所に気配を感じ、一瞬ビクッとして恐る恐る気配のする方へ歩み寄る。カチャ...と音がして台所の照明をつけるとボウルに入ったあさりがニュルニュルと管を出して動いていた。「うえぇ......」と声に出していたと思う。真水をコップ一杯飲み干して横目でチラとあさりを見る。さっきよりもニュルニュルと動く数が増えていた。しばらくジッと眺めながらその動きを観察し、「あんた達は明日味噌汁かバター炒めになるのだ。そんなことも知らないで可愛そうな奴らめ...!」と、心で呟いたとき、ひとつのあさりがニュッと突き出した管からピュッ!っと水を吐いた。その生ぬるい塩水が私の頬にかかり私はビックリしたと同時に、さっきの心の中での戯れ言があさりに伝わったのか!と恐怖を覚え、少し興奮し声に出して謝っていた。「ごめんなさい、でも明日美味しく頂きますんで...ごめんなさいごめんなさい」するとピカッ!と部屋の電気がついたのであさりの仕業かと本気で思い「ギャー!」と叫ぶと「あんた、なんしよるとね...気持ちわるいね...」と、母が帰宅して電気をつけたのだった。


深夜の散歩、誰もいない海、公園や神社。人がいなくても気配がするとき、生き物は人間だけじゃないと痛感するようになったきっかけの夜。
posted by 見汐麻衣 at 20:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする